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心通ってしまう人2011-06-07
世の中には いろんな気持ちの通い方があると思うから
今さら驚くほどのことでもないけれど...
会って10分もたたないうちに
その人の喜びや 悲しみや 孤独 といったものが
自分の肌の表面 毛穴という毛穴から
まるで音楽を聴いているときと同じような感覚で
無防備に するり と入り込んできてしまう人がいる
これっていったいなんなんだろう...
むかし むかし そのむかし
血縁関係だったりしたのかしら
春の終わるころに思うこと2011-05-314月のざわつき
春の気配がすると まわりの物全てが急にざわつきだす
チューリップが太陽に向かってまっすぐに花を開き
腐りかけていると未だに信じて疑わない裏の木には
今年驚くほどたくさんの花が咲き
だんご虫の団体様が 煉瓦の上を縦横無尽に歩き回り
すっかり葉が落ちて裸になっていた木々は
あらいつの間に?
と 驚く速さで 綺麗な緑の服をまとう
そんな春のざわつきも ちょっと落ち着いて
5月も終わりとなると
チューリップもすっかりと花を落とし
今年はもう梅雨入りらしい
ここのところの台風の影響で
ざわざわ ざわざわ
強い風が 庭の木々を左に右にと揺さぶり続け
ざわざわ ざわざわ
天気がいい日の木々のざわめきは 心地よいけれど
雨や曇りの日のざわつきは どことなく心落ち着かない
チューリップが終わった後で
夫が 大輪のひまわりの種を植えてくれた
窓から見える景色が あと数カ月で大輪のひまわりだらけになるようにと
たくさんたくさん 植えてくれた
熱いのは苦手なのに
今はただただ
まっすぐまっすぐ伸びたひまわりに
灼熱の太陽がぎんぎんと降り注ぐ
そんな光景に恋い焦がれ
力強い夏の日が 待ち遠しくてしかたがない
夢の続き2011-05-12ちょっと長い間 行方不明になりすぎた... と思う
とてもとても忙しすぎて
今までの自分の生活ペースから大きくはみ出しすぎて
がむしゃらにがんばりすぎたら
今までみたく ぽんよりと文章が浮かんでこなくなっていた
人間って なにもかもいっぺんに なんて
そう都合よくは できていないらしい
そごうでの個展が終わった
たくさんの人が見に来てくれて 感動した
個展の期間中 ずっと いろんな感情が体を通り抜けて行って
とても変な感じだった
ちょっと触れただけで泣き出してしまうくらい
体全体が ぱんぱんに涙の詰まった風船みたいな感じだった
あれはなんだったんだろう...
悲しいわけではなく
かといって うれし涙でもなく
もちろん さびしい訳でもなく
当然 悔し涙でもない
なんなんだろう...
たくさんの人の感情が 私の中に入り込んできたような
不思議な感覚
来年もそごうで個展が開けるらしい
ずっと夢をみているような感じだったけれど
今も夢を見ているのだろうか...
どうも自分の身におこっていることが 夢の中の出来事のようで
いつまでたっても 現実味を帯びない
自分の手元にあるリスト
版画の追加作品がどっさりある
少なくとも あと二カ月は またがむしゃらに忙しいはずだ
そのあと来年の個展の用意を始めたら
息つく暇もなくなるだろう
やっぱり どうやら 夢ではないらしい
来年もそごうで個展が開けるらしい
夢の続きを いつまでも ずっと ずっと 見続けていられますように…
行方不明の時間2010-10-18『 行方不明の時間 』 茨木のり子
人間には
行方不明の時間が必要です
なぜかはわからないけれど
そんなふうに囁くものがあるのです
三十分であれ 一時間であれ
ポワンと一人
なにものからも離れて
うたたねにしろ
瞑想にしろ
不埒なことをいたすにしろ
遠野物語の寒戸の婆のような
ながい不明は困るけれど
ふっと自分の存在を掻き消す時間は必要です
所在 所業 時間帯
日々アリバイを作るいわれもないのに
着信音が鳴れば
ただちに携帯を取る
道を歩いている時も
バスや電車の中でさえ
< すぐに戻れ > や < 今 どこ? > に
答えるために
< 中略 >
私は家に居てさえ
ときどき行方不明になる
ベルが鳴っても出ない
電話が鳴っても出ない
今は居ないのです
< 後半略 >
今の私は 行方不明になりたがっている
たった一回の電話をやりすごしただけで
母は言う
“ どこに行ってたの? ” “ 何してたの? ”
自分の存在をしばしの間 掻き消してた とも言えず
口から出かかった “ 放っておいてよ ” の言葉をただ呑み込んで
明日まで行方不明になってたらよかったと
苦笑いする
ついこの間も 友人から
“ Where are you ? ” というタイトルのメールが届いた
心配されている証
ありがたいと感謝しつつ
なぜか今は
メールを返す気分でもない
もうしばらくは 行方不明になっていようと思う
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