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旅の記憶 Vol. 23 20032010-06-24
イギリス ロンドン私の周りで イギリスに旅した人は
必ずと言っていいほど " よかった よかった " を
連発する
アフタヌーンティーはとても素敵だが
食べ物は全く美味しくないと聞いているし
イギリスに行くなら もっと他に行きたい国はたくさんある
これが今までイギリス行きを先延ばしにしてきた理由だった
ただ... 一つだけ私の心の中に イギリスにいつかは行かなければならない理由があった
『 メアリー ポピンズ 』
私と歳の近い人たちなら 一度は観たことがあるのではないだろうか
ミュージカル好きの私は 観るたびに 魔法使いのメアリーの魔法に心が躍った
最初から最後まで ワクワク の連続だ
メアリーの魔法は 固くなった大人の心まで徐々に解きほぐしていく
そのメアリーが ぴょんぴょん と軽やかに飛び回っていた 煙突が連なる屋根
広場中の鳩が 餌売りのおばさんのスカートの中に隠れた セント・ポール寺院
そして メアリーの魔法の呪文
『 Supercalifragilisticexpialidocious! 』
スーパーカリフラジリスティック エクスピオリドーシャス!
メアリーがこの呪文を唱えれば 不思議なことが次々と起こって
みんなどんどんハッピーになってゆく
高校生の頃 私は生理痛がひどくて 一ヶ月に一度は憂鬱な顔をしていた
夫と付き合って迎えた 初めてのお誕生日夫がプレゼントしてくれたのは シルバーのロケットペンダント だった
ロケットペンダント???
ひょっとして 写真とか中に入ってたりする???
それはちょっとナルシスト的で いただけないな~
などと思いつつ ペンダントを開いてみると
中に入っている紙切れに
Supercalifragilisticexpialidocious!
の文字が書かれていた
お腹痛のお守り
と照れくさそうに言っていた顔が 今でも目に浮かぶ
メアリーポピンズの話など それまで一度もしたことなどなかった
夫も 子供の頃に観たこの映画で心が踊った一人 だったらしい
このおまじないを 彼もよく唱えていたのだろうか?
と思うと 見た目とのギャップに 少し笑えた
私は すっかり大人になった今でも
困ったことがあったり どこかが酷く痛んだりすると
祖父と 母親と このペンダントが 三つセットで頭に浮かぶ
そうすると 不思議と気持ちが少し緩くなる
ロンドンは 思っていたよりずっと 静かで優しい雰囲気の漂う街だった
こじんまりとしていて 馴染みやすい
物を大切にするイギリス人の心が 風景の中に見えた
Well Keeping !!
と思わず言ってしまうほど
大切に大切に少しづつ育てられたであろう
家や庭が 郊外にはたくさんあって
それを見るだけでも 心がほぐされていく
街並みが美しい それだけで人は幸せになれるのかもしれない
メアリーが幸せにした人々が住む街 ロンドン
屋根の煙突の中を覗けば 今もメアリーが ぴょん と飛び出してきて
道にチョークで落書きすれば ぽーーーーーーん とその落書きの世界へ
連れて行ってくれるかも なんて
ほんとに そんな気がしてくる
きっと今も メアリーはこの街にいるな そう思った
母の頼みごと2010-03-17母の頼みって どうして断れないんだろう...
...と思う
だいたい 今回の頼みごとにしても
母が頼んできたからこそ O.K したわけで
というか O.K しなければ自分の気がすまなかっただけのこと
だった
「 体の調子が良かったら行こうと思って...
ずっと前から チケット買ってたんだけど...
島津亜矢 のコンサートなんだけど...
お母さん一人では 何かがあった時不安だし...
一緒に行ってくれるかな... 」
こんなことを 日ごと確実に天国に近づいているであろう母に頼まれて
断れる人がいるだろうか?
電話口で私の心臓は もう バクバク している
行くよ 行くよ そりゃ行くよ どこにでも付いて行くよ
...と思う反面
ちょっと近所のスーパーに買い物に行っただけで
しんどそうに つらそうにしているのに
どうして行きたいかな~ 疲れが出て 死んだらどうする気~~~
...と なにかしら訳のわからない腹も立ってくる
でも... どうせならやりたいことやって 疲れた果てにまた入院
の方が
じっと家にいて でもやっぱりまた入院 よりましか...
とも思うので
結局 一緒に行くことになる
幕が開いた
彼女の歌声が会場に響き渡ったとたん 涙が止まらなくなった
まだ一曲目 さびの部分にもかかっていない
なんなんだろう
こんなこと 初めてだった
何に泣いているのか 自分でもさっぱりわからない
島津亜矢
随分と前から 歌番組も見なくなったし 紅白歌合戦も見ないから
演歌の人なんて 全く知らない
せいぜい知っているのは 坂本冬美 ぐらいまで
なのに 彼女の歌声が づがんづがん づがんづがん と
体を揺さぶってくる
母は無邪気に手を叩き
ほんとうに幸せそうな顔をして聴いているその横で
いなかっぺ大将の涙のように
どばどば どばどば 流れ落ちる涙を どうしていいものかわからず
あげくの果てに
わーわー声をあげて泣きたくなった
声をこらえるのすら 息苦しくて 息苦しくて ただただ苦しい
会場を飛び出したいような衝動に何度も何度も襲われた
泣いてぐちゃぐちゃになっている私に気付かないわけはないだろうに
母が知らん顔をしてくれているのが 妙にありがたい
結局 最初から最後まで泣き続け
私のコンタクトレンズは 会場を出る頃には涙の蛋白質で白く曇り
視界は濁っていた
夫に迎えに来てもらってよかった と思う
こんな視界では 車の運転さえままならない
" どうやった? コンサート " と 夫
" すごくよかった ずっと泣いてた この現象 かなり想定外 "
" なんでやね~ん " と 夫は笑った
" そうそう 泣くほど島津亜矢は いいんよ わかるわかる " と 母
未だに なんであんなに泣いたのか 実の所はわからない
島津亜矢の歌声は確かに素晴らしかったし 心に びんびん きたけれど
それだけじゃない きっと
演歌は心の故里だというけれど
母がいつの日か逝ってしまったら
私は 母を想って思い切り泣くために
演歌歌手のコンサートにまた行くのかもしれないな...
と 思ったりした
ホテル カクタス2010-02-26ついつい 手が伸びてしまう本というのがある
自分が絵を描くせいか 自分好みの装丁だったりすると
作家や本の中身がどうであれ 買って本棚に並べてみたくなる
『 雪だるまの雪子ちゃん 』
久々の江国香織さんの童話
タイトルもさることながら 山本容子さんの装丁と挿画が抜群にいい
きっといつものように瑞々しいに違いない 江国さんの文を頭に浮かべながら
どんな本なのかろくに確かめもせず
なのに
間違いないという確固たる自信とともにレジへ
実はまだ読んでいない ( 笑 )
あっという間に読めてしまうにもかかわらず
本があまりにも可憐で 読む前からふわふわとした気分になってしまって
なかなか前へ進めない
5分ほど眺めただけで なんだか満足してしまうのだ
...で どういうわけか
江国さんの本の中でも特に好きな 『 ホテル カクタス 』 を
代わりに読んでしまうという わけのわからない行動をとってしまった
私の読書歴の中で 自分のバイブルにしている本が ほんの数冊ある
私にとってのバイブルは 自分の必要とするものが
そこに わかり易く 表現されていて
なんとなく息詰まったときに 疲労困憊した脳でも
あ~ そうか... と 理解できるものでないといけない
そして
簡単なのに 実は深い深い本質に触れていて
何度も何度も 読みたくなるもの
何人の人に貸し出したことか
でも あまりみんな 何も感じないみたいだ
だから
やっぱり人によって 必要なものはそれぞれに違うのだな と
そのたびに感じた
あたりまえだ
自分にとって面白かったからといって 人にもそれを求める方が
そもそも どうかしている
歳を重ねるに連れて そういうことがとても明確に解ってくるので
もうこの本も 随分と長い間 私の手元を離れていない
帽子と きゅうりと 数字の2 が主人公
とても穏やかに流れる文章 その文章が紡ぎだす彼らの日常も
穏やかにせつない
とにかく 不思議で とびきり素敵な本だ
この本もまた 佐々木敦子さんの 装丁と挿画が素晴らしい
見ているだけで 心がすーーっと落ち着いてきて
不思議ワールドに引き込まれる準備が整ってくる
是非 文庫本ではなく ハードカバーを手にとってみて欲しい
20th Anniversary に思うこと2010-02-17
結婚記念日の祝いにと 夫が贈ってくれたのは夫にしては珍しく 白と深紅の薔薇の花束だった
夫は今まで一度として 深紅の薔薇以外の花束を
プレゼントしてくれたことがない
深紅の薔薇は 彼のポリシーだ
" あれっ? なんでまた今回は 白?? "
花束を見るなり 素っ頓狂な声を出してしまった
" 二十周年やから 祝いの紅白 "
なるほど~~~! と妙に納得してしまった私
確かに 白い薔薇 と 紅い薔薇 が 十本ずつある
早いもので 結婚してもう二十年
付き合いだしてから を計算すれば もう三十年も一緒にいる
彼との生活は あまりにも穏やかでなんの波風も立たず
ふわり さらり と過ぎてきて
二十年もの間 そうやって暮らしてこれたことが
逆に不思議だったりもする
" 二十年目やし GRACIANI でも行こか~ " と 夫
そう言えば 十周年目の時も たまたま日本に住んでいた時で
GRACIANI に行ったっけ
そしてまた今 こうやって神戸に戻ってきている
十年ごとに 必ずここを訪れることが出来るよう 人生が設計されているらしい
GRACIANI は ウェディングパーティーを開いた時とは
若干 模様替えをしていたけれど
店を包み込む 品のいい穏やかな空気は 当時のままだ
ここに来ると あの日あの時の自分が 眼に浮かんでくる
友達一人一人が座っていた場所すらも はっきりと覚えている
夫と私の共通の親友が そこの階段で めでたいと言って
男ながらに号泣して いつまでも泣き止まなかったのも 昨日のことのように鮮明だ
震災時も何とか持ちこたえ GRACIANI は当時のまま
優しい表情をした建物だ
二十年前 なにげなく夫と北野を歩いていて
私はこの建物の前でふいに立ち止まって
" ここにする ウエディングパーティーはここに決めた " と 断言した
直感に支配された時の私は 驚くほど頑固で
誰になんと言われようと 行動を変えることはない
やっぱり ここにしてよかったと 今になってもやっぱりそう思う
こうやって何十年たっても 夫婦二人で思い出を語れる場所として
ちゃんと存在してくれているのだから
十年後のその時も
やっぱり私はここで しっとりと思い出に浸りたい
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